「技術」は1日では身につかない。梅農家として感じること
和歌山県みなべ町で梅農家をしていると、毎年同じように見えて、毎年違う課題が出てきます。
天気も違う。
木の状態も違う。
病気の出方も違う。
だから農業って、結局“経験の積み重ね”がめちゃくちゃ大事やなと感じます。
最近、剪定講習をさせてもらう機会が増えてきました。
「教える側」みたいに見てもらえることもありますが、正直まだまだ自分も勉強中です。
ただ、2年前に教え始めた木を見ていると、少しずつ変化が出てきました。
・枝の流れが良くなる
・日当たりが変わる
・木の勢いが安定してくる
・結果枝が増えてくる
こういう変化を見ると、やっぱり剪定って“技術”なんやなと思います。
剪定は「切る作業」じゃない
梅の剪定って、ただ枝を切ればいいわけじゃありません。
どの枝を残すか。
どこに光を入れるか。
木を何年後にどうしたいか。
そこまで考えて初めて、剪定になると思っています。
特に南高梅は、勢いだけで伸ばすと暴れやすい。
徒長枝だらけになったり、
中が暗くなったり、
実が外側ばかりになったり。
逆に切りすぎても木は弱る。
だから毎年、木を見ながら調整していく必要があります。
これって自然栽培でも慣行栽培でも同じです。
自然栽培も「感覚」だけではできない
自然栽培って聞くと、
「自然に任せる」
「放置に近い」
みたいなイメージを持たれることがあります。
でも実際は逆で、めちゃくちゃ観察が必要です。
肥料を入れない。
農薬も使わない。
だからこそ、木の変化がそのまま出ます。
・葉の色
・枝の伸び方
・根の動き
・虫の付き方
・病気の広がり方
全部に意味がある。
ごまかしが効きにくいから、逆に本質が見えやすい。
そこがおもしろい部分でもあります。
もちろん難しいです。
収量が落ちることもあるし、失敗もあります。
でも、自然栽培をやることで慣行栽培の見え方も変わってきました。
「なぜこの肥料が効くのか」
「なぜこの木は弱るのか」
「なぜ病気が出るのか」
そういうことを以前より深く考えるようになりました。
慣行栽培も自然栽培も、結局は“木を見る力”
たまに、
「慣行か自然か」
みたいな二択で話されることがあります。
でも現場で感じるのは、どっちが上とか下とかじゃないということ。
本当に大事なのは、
👉木をちゃんと見れてるか。
ここやと思っています。
慣行栽培でも、雑に管理すると木は弱ります。
自然栽培でも、ただ放置してたらうまくいきません。
逆に、しっかり木を見て、土を見て、環境を見れている人は強い。
だから自分は、慣行栽培も自然栽培も両方やっています。
両方やることで、それぞれの良さも難しさも見えてくる。
梅もとうもろこしも、まだまだ挑戦中
うちでは梅だけじゃなく、無肥料・無農薬の自然栽培とうもろこしにも挑戦しています。
正直、簡単ではありません。
特にとうもろこしは、虫との戦いもあるし、天候にもかなり左右されます。
でも去年、収穫したとうもろこしを食べてもらった時に、
「めちゃくちゃ濃厚」
「甘さだけじゃなく味が濃い」
と言ってもらえた時、すごく嬉しかったです。
やっぱり農業って、結果が出るまで時間がかかる。
でもその分、積み重ねが形になった時は本当におもしろい。
技術は、積み重ねでしか伸びない
農業って近道があるようで、結局ない世界やと思っています。
1年だけではわからない。
5年やってもわからないこともある。
でも、毎年木を見て、失敗して、修正して、また挑戦する。
その積み重ねが、少しずつ技術になる。
まだまだ自分も途中です。
梅も。
自然栽培も。
とうもろこしも。
でも、だからこそおもしろい。
これからも、現場で学びながら挑戦していきます。